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2005年02月28日(月)〜03月07日(月) ハラハラ&ビックリの一か月健診(検診)

退院してから1か月。

ようやく、私一人で子どもを入浴させたり、友人が貸してくれたベビービョルンの
「抱っこひも」を活用しながら、ある程度の家事ができるようになりました。
(といっても、前に子どもを抱いているので、家事のペースはとてもゆっくりですが・・・ ^^;)
 
今週は3つのイベントがありました。
 
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【1】 私の誕生日(3/2)
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あえて言う年でもありませんが・・・34歳になりました。
お祝いメールを下さった皆さん、ありがとうございました!

実父に「誕生日、何食べたい?」と聞かれたので、
昼食に鎌倉山のローストビーフをリクエスト。

1枚1,000円する贅沢品を2枚。
いつ子どもが泣き出すかわからないので、
白いご飯の上にのせ、3くちでペロリでした(笑)。満足、満足。

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【2】 子どもの一か月健診(3/4)
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行ってきました、子どもの一か月健診。
病院には同時期に入院していたお母さんたちがいっぱい!
たった一か月しか経っていないのに懐かしくて、まるで同窓会のようでした。

私が通っていた総合病院では、子どもの体重が一か月に1キロ増えないと
かなり厳しく言われると噂で聞いていましたが、まさにその通り。

★体重 出生時 4,025グラム(出生後の生理的減少時 3,976グラム) → 4,480グラム 
★身長 出生時 52.8センチ → 57.6センチ

約500グラム増という体重の数値と、授乳の回数・量を書いた紙を見せると、
小児科の医師から「典型的な母乳不足。尋常じゃないよ」と言われました。
(いきなり先制パンチ!)

母乳育児を推進している「桶谷式の母乳育児相談室」に通っていると話すと、
「哲学の違い。そちら(桶谷)とうち(総合病院)のどちらを選ぶかはあなた次第」
と、唐突に突き放した発言をされビックリ!

わが子は4キロを超えて生まれたので、
「小さく生まれた子も、大きく生まれた子も、一律1キロ増えないといけないのですか?」
と聞いてみると、「平均1キロです」という返答が。

一切表情を変えず、事務的な物言い。
”小児科の先生”というから、もっとソフトな人を期待していたのだけど・・・。

しかも育児相談アンケートに
「ご心配なこと、ご質問になりたいことをお書きください」とあったので、
子どもの皮膚や体調などについて4点ほど書いたが、それに対する説明はなし。

そのままアンケートを返されたので、慌てて一つ一つ聞いてみると
「異常であれば○○です。それより問題は母乳。お腹いっぱいになるまで
 ミルクを飲ませて」と一言。

何だか、私が聞いた質問については、
「これは僕=医師が答える質問じゃないよ」という感じ。
だったら、「医学的なことについて心配ごとがあればお書きください」って
アンケートに書けばよいのに。(><)

「ちゃんと栄養が取れていると確認できないと診断はできませんよ。
2週間後に再度健診しますけど。どうします?」と聞かれたので
夫に相談なしで決めて良いか迷い、いちおう「お願いします」と返答。

するとその後、アンケートに書かれていた「先天性代謝異常症スクリーニング検査」
のところに大きく ”検診 未” の判子を押された。

え? この検査、生後4日目にしたものだよね? 結果は一か月健診で聞けるはずでは?
何かひっかかったのかな? 2週間後の再健を受けないと結果はもらえないの? 
と頭が真っ白に・・・。

そのことについて桶谷の助産師さんに相談してみると

「すでに検査の結果は出てるはず。再検の必要があれば、
もう連絡が来ている時期だから大丈夫よ。
月曜日のあなたの検診の時に、『結果票下さい』って言ってみて」と言われました。

何事もないと良いのだけど。とにかく、この件については来週確認してみよう。

少し頭に血がのぼってしまったので、
冷静になったあと、もう一度母子手帳を見てみると、

一か月健診の結果欄(私の手元資料)には、子どもの栄養状態→要指導に○がつけられていましたが、
病院側が横浜市の医師会に請求する受診票(コピー)には、「栄養→普通」に○がしてありました。

先生の言うとおり「栄養不足=尋常じゃない」なら、医師会への報告は「栄養→不良」では?
これ、再診させるための”圧迫面接”だったのかな(苦笑)。

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【3】 私の一か月検診(3/7)
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今日は私自身の一か月検診。

悪露(おろ=出血)が続いているので心配していたが、
子宮の収縮や傷の具合など、カラダの戻りに問題なし。
入浴もOKとのこと。

悪露は2か月くらい、会陰切開の違和感は半年くらい続くけれども
心配ないと言われました。

続けて、担当の産婦人科医から
「お子さんの先天性検査は問題なしです」と知らされました。

じゃあ、先日アンケートに押された”検診 未”の判子は一体・・・?
と思い聞いてみると、「まだ結果を知らせていないという意味です」との返答。
確認しなかった自分も悪いが、ま、ま、まぎらわしい! 

でも、なんで産婦人科の検診で、子どもの検査結果が報告されるのかな?
もともとお母さんの検診で報告する予定なら、はじめからそう説明してくれれば良いのに。

担当医からの診断のあとは、助産師さんとの相談時間が。
そんな時間が予定されているなら、前回一生懸命書いたにもかかわらず、
的確な返答が得られなかった「育児相談アンケート」は何だったの?
説明が足りなさすぎだよ〜。(><)

思わず、「小児科の先生に、授乳についてこんなこと言われたのですが・・・」
と助産師さんに話すと、ちょっと苦笑いし

「母乳は桶谷で、子どもの体重についてはうち(総合病院)で診てもらうというように
”おいしいとこ採り”で良いよ」と優しい口調でアドバイスをいただきました。

それを聞いてホッと一安心。
とにかく、あとは2週間後の子どもの再診に行くかどうかちょっと考えてみよっと。


2005年02月21日(月)〜27(日) いつかは母乳オンリーで育てたい

退院して3週間が経ちました。

今週はなんと実父が疲労&風邪でダウン!
期待していたお風呂の手伝い&食事作りはなしに。
(おそらく、慣れない育児の手伝いが疲れの原因でしょう)

その上、夫の出張&休日出勤もあり、不安だらけ!

(私の妊娠・出産を機に、夫は家事、育児、メンタルなサポート面で120%頼りになる
 パートナーへと変身したので、家にいてくれると安心。いないと不安です)

なので、「よかったら手伝いに行こうか?」
と連絡をくれた義父や義母、親戚、友人に”ヘルプ”を出して昼間に来てもらい、
お風呂の手伝いや食べ物を買ってきてもらったりしました。

正直、「実家のある人がうらやましい。実母が生きていれば・・・」
と思うことが何度かありましたが、

気付けば多くの人に励まされ、助けてもらい、
反対に、「周りの人に恵まれている。私は幸せなんだな」と
人のありがたみを実感する機会となりました。

それから不思議なことに、「産後21日=床上げ」の時期を迎え、
悪露(おろ:出血)も少なくなり、精神的に落ち着いてきました。

しんどくて涙は出ても、自分で自分をコントロールできないということはなくなりました。
マタニティブルーって、ホルモンバランスが崩れるのが大きな原因なんでしょうか・・・?

ただ・・・
「最近、母乳の出る量が多くなってきたかも!」と喜んでいたのですが、
子どもの体重を量ったら、思ったほどは増えておらず。

桶谷式の「母乳育児相談室」でマッサージをしてもらった時は、
おっぱいから母乳が”ピュー”っと顔に飛んで来るくらい出るのですが、
普段の生活で不安やストレスなどいろいろあると、
心とカラダは密接に関係しているため、出にくくなってしまうようです。

おそらく、出にくくなっている原因として思い当たるのは、
夫がいないという不安と、母乳に関するストレス。

「母乳は出てる?」
「子どもがなかなか寝ないのは、おっぱいが不足しているからじゃないの?」
という何気ないコトバが、新米母にはストレスになっています。

新米母は母乳を飲ませるのに慣れていないし、
産まれたての赤ちゃんもおっぱいの吸い方が上手じゃない。
何度も吸ってもらうことによって出るようになるんです。
はじめからガンガン出るわけではありません。

なので今現在、母乳では足りないので、ミルク(=人工乳)も飲ませています。

今のミルクは、母乳と比べてみても十分栄養が取れると言われています。
母乳にはダイオキシンが含まれていることも知っています。
(子どもへの影響は確かではありませんが)

でも、母乳にはさまざまな免疫抗体が含まれていること、
母乳を与えることが子宮収縮をうながす=母体の戻りを早めること、
そして何より、母子の愛情関係を確立していくのに役立つことを考えると、
「やっぱり母乳で育てたいなあ」と思うのです。

いつかは母乳オンリーで育てることを目指し、
夫や助産師さんの協力を得ながら、1日のミルクの量・回数を決め、
子どもが泣いた時には頻繁に母乳を与えるという自分のやり方(=選択)が

おっぱいについて何か言われると、
「今、ガンバっていることは自己満足なのかな?」
「間違っているのかな?」と不安になってきてしまうのです。
聞き流せれば良いのですが、なかなか心の余裕がなくて・・・。

とにかく「できるだけ母乳で育てる」ことを選んだのは自分。

胸を張って「私はこうして子育てをしていくつもりです」と言えるような
強い精神力をつけたいです!


2005年02月14日(月)〜20(日) つらいのは初めの一か月?

皆様にご心配をおかけしています。

この1週間、実父や親友に昼間来てもらい、
子どものお風呂を手伝ってもらったり、食事を作ってもらったりしました。

さらに、子育て真っ最中の友人たちや親戚が心配して、
お惣菜やお勧めの本を送ってくれたり、電話やメールをくれたりと
いろいろな方に助けられっぱなしです。
皆さんには感謝しても、しきれないほどです。本当にありがとうございます。

退院して2週間が経ちました。

太陽が照っている昼間や誰かが一緒にいてくれる時は、
心穏やかに育児ができるのですが、

子どもと二人きりでいる夕方から夜にかけてが、肉体的にも精神的にも疲労がピークとなり、
ぐずる子どもに向かって「もう寝かせて〜!」と叫んだり、
子どもを抱きながら涙を流し、放心状態になる日もありました。

昨日(20日)はイライラして、思いきりクッションを蹴っている自分に愕然。

それを見た夫が
「つらいのはわかるよ。でも、それじゃまるで子どもだよ。もっと冷静になれよ」と
たしなめられました。

気持ちのコントロールができないなんて。自分が自分でないようです。
これは一過性のマタニティブルーなんでしょうか。
エスカレートすると、危ない域に突入ですよね・・・。

こんな経験、皆さんありますか?

先週から通っている桶谷式「母乳相談室」の助産師さんに話したところ、

「恒常的な睡眠不足の上、カラダの回復もまだ途中。
初めてだから当たり前だけど、何事にも全力投球で力が入りすぎていて、
心身ともに疲れきっている」と言われました。

夫に言わせると、私は”遊びのないハンドル”だそうで(^^;)。
そうなると、母乳も出にくくなるそうです。

解決方法としては、

★昼間少しでも寝る 
★子どもの泣き声に慣れる
★家事は他の人に頼って、できるだけ授乳に専念する

という助言をいただきました。

「(最も?)つらいのは初めの一か月」と聞いているので、何とか乗りきりたいです。


2005年02月07日(月)〜13(日) お祝いメールありがとうございます!

皆さん、心温まるお祝いメールをありがとうございます!

なかなかお一人おひとりに返信できず、申し訳ありません。
でも、きちんと読ませていただいています。

退院から、あっという間に1週間が過ぎました。

朝から晩まで、オムツ → 授乳(母乳+ミルク) → オムツ → あやして寝かせ + 家事(ちょっとだけ)
の繰り返しです。

寝る時間も食事をする時間もあまりありません(泣)。
(里帰り出産している人は、もう少し余裕があると思うのですが・・・)。

予想以上に育児は大変で、大声で泣き止まないわが子を見て、
新米母は、早速マタニティブルーになってしまいました。(^^;

頭では「子どもは泣くもの」とわかっているのですが、まだ泣き声に慣れません。

落ち着くまで、しばらくかかりそうです。日記の更新はもう少々お待ち下さい。


巨大な男児が誕生しました!

大変ご心配おかけしましたが、
2月01日(火)の21:50、4,025グラムの男児が誕生しました!

予定日は1月29日だったため、3日遅れ(40週3日目)の出産となりました。

実は1月31日の定期検診で、予想通り妊娠中毒症になっていることがわかり、
朝にはおしるしもあったので、そのまま帰宅せず入院することになってしまったのです・・・。

翌日、自然に陣痛が来たのですが、
「中毒症になったのはもう母体がもたないため。1日の朝までに生まれなければ
陣痛促進剤を使った方が良い」という医師の判断によって、促進剤を打っての出産となりました。

陣痛とお産は想像を絶する痛みでした。(><)
やはり新しい命を授かり、世に生み出すということは並大抵のことではないですね。

実は、生まれた子どもは当初、血中の酸素が薄いということで
保育器に入っていました。そのため、きちんと対面できたのは生後2日目の午後。
助産師さんから「保育器から出られた」と聞いた時は、思わず涙が出ました。

本日、7(月)の午前中、無事退院したのですが、
妊娠中毒症は改善されず、足はむくみっぱなし。会陰切開されたところも少し痛みが残っていて、
まだ開通していない乳管があるため、胸もパンパンに張っていて辛いです(泣)。

でも、これを乗り切れば、楽しい「育児」が待っていると思って頑張ります!

落ち着いたら出産&育児日記を書きますので、もう少しお待ち下さい。


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